まさかの留年

子供のこと

娘が卒業間近の大学四年で留年が決まった。

まさか。

今までこれといった挫折を味わったことのない娘と、そんな姿を見たことがない私と夫。どうしたらいいのか、どんな言葉をかければいいのか、思考停止したのは私たち両親だけでした。
気持ち切り替え前に進むと決めた娘は強かった。

しかし、なかなか上手くいかないのが人生です。

留年が決まった時

本人

四年生になってからの模試の結果が芳しくなく、このままでは国試はおろか、卒業も危ういと言うようになった。
卒業試験が終わり、結果が出る時期になっても連絡がない。
結果を聞かなければと、やっとの思いで電話をかけた。

電話口の向こうで娘はすでに泣いていた。

適切な表現ではないかもしれないが、可哀想で仕方なかった。
大学生活も、バイトも、友達関係も充実していて、勉強も頑張っていた。
毎年の成績表も特段悪い感じもなかったので、卒業できないなんて1ミリも思っていなかった。
もし、もう一年学生生活を続けることになった場合の学費をどうするか。
すでに末っ子が大学生だったために、家計的にはかなりきつい出費となることの心配。
そして、これが私の一番ダメなところであるが、世間体を気にしたこと。
親や友達に聞かれた時、なんと言えばいいのか。結局は自分の体裁を気にした。

留年が決まってすぐ、夫自身の単身赴任が決まった。
それも娘が住んでいる地域への異動。
娘に、お父さんとの同居を提案。二人が同居してくれることは私にとっての安心材料となる。
経済的な負担をこれ以上かけてはいけないと思ったのか了承してくれた。
娘と夫は元々仲がよかったので、夫も娘との同居は嬉しいようでした。

もう一年頑張ると決めた

引っ越し

夫の単身赴任先への引っ越しと、娘の引っ越し。
娘も新たな場所で気持ちを切り替えることができたのは良かったと思う。
何より、私の気持ちがとても楽になった。
単身赴任で生活が一変する夫の様子は娘に聞くことができるし、娘の様子は夫に聞くことができる。
それはとてもありがたいことだった。

とにかく目標は卒業

精神的なダメージが大きくなり、取り返しのつかないことになってはいけないと思い、とにかく目標は卒業することだねと伝えた。
あとは何も言わず見守ることを徹底した。

思うこと

まさかの坂ってこういうことをいうんだろな。

仕事も手につかないほど落ち込みました。
そして、私は体裁を気にする性格なんだと改めて思ったのです。
『〇〇ちゃんは卒業したら帰ってくるの?』などと、卒業をするのが当たり前のように聞いてくる悪気のない友人たちの言葉に勝手に傷ついたりして。
娘とはいえ、ひとりの人。
私の所有物ではないのだから、勝手に子供たちのことを人には言ってはいけないと学びました。

とにかく見守ろう、先回りしてあれやこれやいうのはやめようと心に決めた。
そして、もし娘が辛いと言った時、
『いい経験をした。終わったことはそう思うしかないんだよ。なんとかなる。』
と伝えようとこの言葉を刻み込んでおきました。

しかし、娘は一度も私に弱音を吐きませんでした。

一年後のこと・・
またお話しさせていただきますね。

コメント

  1. みら より:

    検索でこちらに来ました。
    私の娘も今年の3月に留年。
    半年の9月で卒業出来ると思っていたのも
    昨日卒業出来なかった、ごめんなさいと
    LINEが。
    3月の時もそうだったのですが、
    離れて暮らしているため
    こうなると全く連絡がつかなくなる娘。
    自己嫌悪からなのか分からないのですが
    連絡つかないことも、説明をしてくれないことも全て心配になってしまいます。

    信じて任せていた事
    もっと子どもを管理するべきなのか
    どちらもあとも祭りだけど
    こちらも自己嫌悪ですよね。

    誰かに話したところで
    私自身自己嫌悪になるので
    夫くらいにしか話せませんが
    うちは既に単身赴任だったり
    子育てについて私任せできたので
    他人事のよう。

    色々と参考にさせて頂ければと思っています。

    • きびだんご きびだんご より:

      コメントありがとうございます。
      全く知らない人に思いを話したほうが気持ちが楽になる場合もあると思います。
      私は、当時のことは家族以外の誰にも話すことができませんでした。
      なので、またいつでも気持ちを吐き出してくださいね。

      みら様のお気持ち、痛いほどわかります。
      私も信じていました。
      そばにいないから余計心配ですよね。

      今でも時々みぞおちの辺りが締め付けられるような時があります。
      当時は、同じ境遇の方の気持ちを知りたくて発言小町を読み漁ったりして、気持ちをなんとか保っていました。
      そして、スーパーなどにも行きたく無いと思うほど人との関わりを拒絶していました。
      でもそれって、エゴだったんです。
      私の場合は、娘の心配をしているつもりが、
      実は自分の気持ちを落ち着かせるためだけのことだったと後になってわかりました。
      世間体ですね。本当にダメだと反省しました。

      どん底に落ちた気持ちを救ってくれたのは、
      「ひろゆき」さんの「人生なんとかなりますよっ」って言葉でした。

      みら様、今一番お辛い時だと思いますが、娘さんも今必死に考えておられると思います。
      見守りましょう。
      でも、時々我慢できず色々言ってしまいそうになると思いますが、グッとこらえて!

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